「風と音」について少々

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様々な人がいてそれぞれ意見があって、きっちりと善悪つけられるものでは無いからこそ、色んな意見を聞いて受け入れて噛み砕いて、更に違った角度から見て吟味してって行為がとても大事だと思い生きています。

 

郡山は津波の被害も少なく、原発から距離もあるせいか報道されることの少ない街です。

地元に何度も帰ってますが、本当に綺麗な空と変わらぬ穏やかさで出迎えてくれます。

しかし、コンビニでは総線量を計るカード付きに本が売っていたり、新聞では毎日の線量が出ていたり、公園の片隅には除染した日付が記され、屋内施設に子供が溢れていたりと、外から見たら少し異様に映る街になってしまいました。

それでもそこには未だ多くの人が住み続けています。僕の友人も家族も。

正直避難して欲しいというのが僕の意見ですが、避難したくない、避難したくとも出来ない、放射線よりも排気ガスの方が体に悪いんだから都会よりもマシ、内部被爆のことを考えればどこにても同じ、避難したけど戻ってきた、様々な意見や行動が見受けられますが、それを否定するつもりはありません。

各々の選択を尊重したい。人は人の数だけ感情もあれば環境も違い、意見や行動が変わるのは当然で、それを自分の枠内だけで判断して否定するのはただの圧力に過ぎないと想うのです。

原発賛成反対どちらもいるからこそ、お互いの意見を汲み取って、違った価値観と向き合い、どちらかを断絶するのではなく、歩み寄ってより良い世界を創造していくためのアイディアを出し合うことが未来への一歩。

今、日本は大きな変化を遂げるきっかけを手にしています。声を挙げ、行動に移すようになった日本。

でもここがスタートなんですよね。

違う意見や価値観を弾圧するだけの討論から脱却して、同じテーブルで多種多様の価値観を並べ吟味し合うことが出来る土壌が出来れば大きな一歩を踏み出せると想います。

他人の意見を聴く=違った価値観を受け入れる=視野を広げ、自分の価値観を壊す=新しい自分の価値観の構築。

そしてこれは「変わることを恐れない力」に繋がると思うんです。

変わろうという意志があるなら日本は確実に変わります。

 

ジャンルに縛られることなく素晴らしいアーティストを集めて、ぶつけ合い、今日までの感性に新しい視野を届けることにより、「新しい視点の発見によって払拭される固定観念」という瞬間を創り上げることが「風と音」というイベントなんです。